今回のヨーロッパ行きはスペインがメインでした。しかし、もう少しポルトガルのリスボンについて触れたいと思います。
今日はリスボンの中心にある、一つの広場に注目してみたいと思います。テージョ川から歩いて10分ほど、小高い丘の上のサン・ジョルジュ場の足元、そしてロカ岬への列車が発着するロッシオ駅と同じ名前を持つロッシオ広場を、今日のウォッチングの対象とします。

現在は、クリスマスのイベント用の装飾がされていました。
ロッシオ広場Praca do Rossio、正式名称はペドロ4世広場Praca do Dom Pedro IV。実はこの広場に3つほど、ブラジルとの関係を見ることができるものがあります。一つ目は、正式名称の示すペドロ4世です。広場の中央に像があるこのペドロ4世は、1826年から28年までポルトガルを治めた後、ブラジル最初の皇帝となった人です。

そのブラジル最初の皇帝となった人の名がついた広場ということで、広場に植えられている樹木。これが2番目のブラジルとの関係を示すものです。この木、葉を見ると日本でよく見るネムノキのようでもあります。しかし、緑の中に紫色の花を見ることができます。紫色の花というと、沖縄などで見るジャカランダ、日本名で紫雲木(シウンボク)という木があります。しかし、沖縄で見るジャカランダはもっと赤味の強い花ですし、花は葉のりも先に、樹冠一面に花が咲き誇るのがジャカランダといった認識があります。(アルゼンチンで見たジャカランダも日本のものと同じジャカランダが多かったと思います)

これが2番目のブラジル。
実はこの紫の花の木もジャカランダの一種で、これはJacaranda brasilianaというブラジルのジャカランダ。日本で見るものは同じ南米でもペルー原産のJakaranda Acutifoliaになります。(紫色の花が特徴のものには、Blue Jakarandaと呼ばれるJakaranda mimosifoliaと呼ばれるものもあります)
ブラジル最初の皇帝の広場ということで、広場の樹木もブラジルにちなんだものが植えられたと想像します。

この広場は、もともと市の中心部にあった広場で、市場やある時には処刑場などにも使われたものです。1755年にリスボンを襲った大地震で、崩れた病院の敷地も含めて拡大し、広場に面する国立劇場の整備に伴って19世紀中期に現在の広場となりました。
その広場の整備に伴って舗装のデザインもされたものですが、この舗装のデザインが3つ目のブラジルです。この広場、ニックネームとして“rolling motion square”と呼ばれます。このニックネームは、波打つデザインの舗装に由来しています。この波打つデザインのどこがブラジルか?という疑問が湧くかと思います。この舗装がブラジルに由来するという事ではなく、この舗装がブラジルに影響を与えたといった意味でのブラジルとの関係を、ここに見ることができるのです。以前に見た記憶のあるブラジル、リオのコパカバーナの海岸沿いの歩道の舗装のデザイン。そのデザインは、世界的に有名なブラジル人ランドスケープ・デザイナー、ブルレ・マルクスBurle Marx(マルクスといっても田中マルクス闘王ではありません。国連ビル設計の建築家オスカー・ニーマイヤーとともに首都ブラジリアの設計を行ったり、ブラジルの空港ビルや公園、広場の設計で有名)のもので、モザイク状の波打つ姿は、どちらがオリジナルかと思わせるものです。リスボンの歩道や他の広場にも見られるモザイクの波打つパターンは、マルクスのデザインに大きく影響を与えたものであり、この広場とブラジルとの関係をここにも見ることができると思います。



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