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その手は桑名の・・・「なばなの里」等

2012/01/29 14:37

 

1週間程、アップが滞ってしまいました。というのも、先週日曜日から三重の方へ。月曜日の講演会に呼ばれたのですが、その前後時間を作っていろいろと見て回る事にしました。伊勢志摩に伊勢神宮、そして帰り際に寄ったのが桑名の「なばなの里」です。

 

 

ネットで何か面白いところはと探していた所、お花のテーマパークのようなものがあるので、仕事柄よって見る事にしました。

入場料一人2,000円には少し驚かされました。ただし、園内で利用できる金券が1,000円ついているので、まあ飲み食いすればそのぐらい・・・という事で納得。この時期はイルミネーションが呼び物なので、昼の時間だけの利用者には、有料(1,000円)のベゴニア館が無料となりました。

外の様子は追々伝えるとして、そのベゴニア館の写真がこれ

最初は「ベゴニア?色がケバいし・・・?」と有料だったら敬遠したところがどっこい。出口部分の池の風景は、なかなかのもの。写真では判りませんが、池の水がゆっくりと回っているので、浮いている花が緩やかに動くところがまた良い。

三重と言えば、やはり伊勢神宮。この神社を囲む杜を進むうちに、何か清められる気持ちになります。現在良く言われる植物のフィトンチッドの効用を昔の人は知らず知らずのうちに理解していたのかもしれませんね。

伊勢神宮の内宮への道すがらが、これまた面白い。おかげ横町と呼ばれる食べ歩き、お土産屋さんの連続。江戸から明治にかけての建築が移築・再現されているので、時代劇のセットのようでもあり、それでいて昔の建物が今の店舗としてしっかりと機能している所が見所です。

1泊目の泊まりは伊勢志摩へ。

ホテルからの夕日を見ると、原生林の中に入り江が入り込み、東南アジアのリゾートに来たような錯覚も。

 

夕日といえば、金曜日の夜、「3丁目の夕日」を見てきました。

時代が1964年なので、前作、前々作よりも、私の年代にはドンピシャリの時代。都電の色も町の風景も、子供の頃見た東京で、映画の中に出てくるランドセルの悪ガキが、自分に重なって見えました。

小学校4年だった私にとっても、あのオリンピックの青空に描かれたジェット機の五輪は衝撃的でした。

開会式の日は、家に帰ってオリンピックを見なさいという事で、小学校は午前中で終わり。テレビで飛行機雲が描かれだしたので、屋上に上がって見る事に。国立競技場のある神宮の方の空を見ても、「あれ、無いじゃん」。と思って、何気なしに真上を見ると、それは見事な五輪のマーク。あの強烈な印象が今でも忘れられません。あの感動が、今の日本、東京にも必要だと思います。2度目の東京オリンピック、是非実現したいものです。

東京タワーのまわりもずいぶんと変わりました。

 

映画のなかの台詞も「シェー」、「およびでない」、「ドライブウェイに〜」「一言文句を言う前に〜」等々、まさに当時の自分の言葉、そのものでした。

 

 

映画の中で面白かったのはオフィンピックでサッカーを見てきた温水さんの台詞。「サッカーってつまんない競技だったな。点も入んないし、あれは流行んないよな」当時の私もその通り思っていました。というのも、当時、小学校の教室にもテレビ、しかも立派な木製の箱に入って、扉には鍵。鍵は先生がもっていて開け閉め。そのテレビで、オリンピック期間中は、授業中でもオリンピック競技をテレビ観戦する事が多くありました。そんな時、サッカー中継をやっていて、「先生、つまんないから他の競技!」と言った記憶があります。

 

 

 

 

なにせ当時は王、長島の野球全盛の時代ですから仕方ありません。その野球好きがなぜ現在のサッカー狂会になったかというと・・・話が終わらないので止めときます。 

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双子の広場:Paddington Basin London

2012/01/19 10:12

 

一昨日のPaddington Basin再開発のアーバン・ガーデン・ウォッチングを続けます。

 

チャー・ロジャース設計のマークス&スペンサー本社のビルの運河沿いの広場を見てみましょう。シンプルでカッコいい。運河沿いを意識したのか船の甲板にある換気口を赤、青に塗り分けたものが。この形は同じロジャース設計(レンゾ・ピアノとの共同)のパリ・ポンピドーセンターにもあったような・・・(あれはもっと丸かったか?)

 

広場は建物を挟むように2つあります。こちらは四角の広場。

こちらは丸?というよりは半円の広場。

 

2つの広場は形が違うだけで、舗装や階段のデザインは全く同じの二卵性双生児の広場です。階段のなかにスロープが組み込まれた階段は、池袋サンシャインシティのスペイン階段、浜松のアクトシティにもあったかと思いますが、最近はあまり流行らないようです。なぜか?それはつまづいたり、階段の踏み面が判り難いからだと思います。身障者用スロープとしては手すりがないので、機能としては如何なものでしょうか?

ここの階段は、人が上下に移動する機能よりも、イベントの時の観客席としての機能の方がメインだと思います。

それにしても、どちらの広場もイベントが開催されていない時は、寒々しいかぎりです。(朝早かったせいで人が全くいなかった事もありますがね)

 

運河に沿って歩くと別の広場。

こちらの広場は、緑やアートがあるものの、ここもどこか寒々しい。

ガラスと石を積層させたアートは、水を使わずに水の透明感を表現したもののようにも感じされます。水を使わないので、メンテナンスのコストは要らない点は良いのですが、春先で寒かったせいか、冬場に見ると、これも何とも寒々しい。

広場の脇には運河を渡る橋。こちらはSF的なデザイン。何で青いパネルが張ってあるのかは不明。ここも階段、スロープの擦付きに苦労の後が。

スロープ部分を木製にしたが故に、滑るのでしょう。木デッキの滑り止め切れ込みだけでは効果が無いので、その上に滑り止めの紙ヤスリのようなシートを張っています。 

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運河を中心とした再開発:Paddington Basin, London

2012/01/17 09:32

 

ロンドンの再開発に伴うアーバン・ガーデンの紹介を続けたいと思います。今日紹介するのは、熊のパディントンで有名なパディントン駅の裏側、Ground Union Canalという運河を中心とした再開発のプロジェクトです。

 

 

運河を囲む様にオフィスビル、アパートメントが並びます。運河に転落防止の手すりが無い!

 

この運河自体は1801年に物資の輸送の為に作られ、その後駅からの鉄道輸送と連携して都市への物資輸送として活躍したものです。それが、200年も経つと、輸送手段も変わり、周りは倉庫に囲まれて運河もエリア全体も疲弊してしまいました。

そこで1998年以降、運河を中心にして再開発が進められ現在に至っています。

20万平米近いオフィス空間に約40社、1万4千人の就労者、1,100人の居住空間、今後3万人の就労スペースが予定という規模の開発が進んでいます。

 

イギリスの運河で見られるボートも繋留され、大切な景観要素になっています。

正面左手に見えるビルはマークス&スペンサーの本社ビル

 

オフィスビルの中には 衣料品、鞄、ギフト商品、家庭雑貨などの販売で有名なマークス&スペンサーの本社も入居しています。

このビル、イギリスの建築家リチャード・ロジャースによるもの。

リチャード・ロジャースについては、以前に何回か触れています。よく紹介する建築家ノーマンフォスターとイェールで同級?同窓。最初は一緒にチームを組んでいたことも。代表作としてはロイズ保険本社ビル(ロンドン)、スタジアムにツノがはえたようなミレニアム・ドーム(ロンドン) 木の天井がうねるスペイン、マドリッドのバラハス国際空港。パリのポンピドゥー・センターはレンゾ・ピアノと共同でしたっけ。

以前紹介したものがあります。↓

 

ウェールズ議会棟

http://3625pennslandin.iza.ne.jp/blog/entry/1109955/

 

ロイズ保険本社

 

 

http://3625pennslandin.iza.ne.jp/blog/entry/603023/

 

リチャード・ロジャース展(デザイン・ミュージアム)

 

 

http://3625pennslandin.iza.ne.jp/blog/entry/602059/

 

バラハス空港

 

 

http://3625pennslandin.iza.ne.jp/blog/entry/798721/

 

 

 

 

このビル、特にファサードはどこかで見た事ありません?

 

竹橋にあるパレスサイドビルのルーバーを思い出してしまいます。雨樋はありませんが。 

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ロンドン、再開発のアーバン・ガーデン:Bishops Squre

2012/01/15 09:12

 

昨日のロンドンFen Courtのヤマボウシの写真に関連して、ヤマボウシ繋がりで、ロンドンのアーバン・ガーデンを今日も紹介したいと思います。

今日紹介するのはロンドンのシティにある再開発プロジェクトBishopsgateです。

場所は以前に紹介したロンドンのLiverpool Street Rail Station の再開発エリアから歩いて5分程の所にあります。(最寄り駅は Liverpool Street Rail Stationか地下鉄のLiverpool Street)

 

元々、この場所にはSpitalfields Marketという古い市場とそれを囲むように住宅や業務の建物が混在していました。それを再開発でオフィス、商業、住宅の複合施設として再生して2002年にオープンしたのがこのプロジェクト。目玉の一つが、3,000平米のオープンスペース、ロンドンにある商業施設Covent Gardenよりも広いとか?

という訳で、ヤマボウシの登場です。

ヤマボウシにハス池。決して日本ではありません。でも日本の再開発のアーバン・ガーデン風でもあります。

 

建築設計はFoster and Partners で、  Landscape のデザインはTownshend Landscape Architects 。「エー?!これがフォスター・・・なんだ」という感じです。でもフォスターの事務所もホームページにのっている所員数だけでも800人以上という、もはや組織事務所。となると、色々なプロジェクト、デザインもありえます。

Foster+Partnerは以下を参照下さい。↓

http://www.fosterandpartners.com/Projects/1146/Default.aspx

実はこの再開発の東側を占めるエリアは、先にあげた様なふるい市場。ロンドンでも最も古いマーケットとされ、1638年に作られ、1666年の大火後に1887年にロンドン市の管轄へ。野菜果物は1991年に別の場所に移動移動。2002年の再開発で現在のTraders Marketになったというものです。

 

東側からマーケットへの入口は、昔の建物が残っています。

一方のBishops Squreの方は、こんなテントがあって、イベントの仮設ステージを設営中でした。

古い建物を利用したレストランもあります。外部の広場を一部、プランターで区切りながら屋外にテーブル席が数席、設けられています。プランターのデザイン、2種類のプランターを組み合わせ、オリーブやツゲ、そして花物、アイビーなどをアレンジして、うまく手前の広場とレストランをさりげなく分離しています。

 

広場の一角からは同じノーマン・フォスターの代表作であるガーキンが見えます。

(ガーキンThe Gherkin:ピクルスに使用する小さなキュウリの意味。俗称で正確にはスイス・リ本社ビル)

ガーキンについては↓(ランドスケープとしては、苦くて食えないようなガーキンです)

http://3625pennslandin.iza.ne.jp/blog/entry/589441/

 

同じフォスター事務所のプロジェクトでも建築もそうですが、それ以上にランドスケープのデザインも違えば違うものですな~と言う感想です。(いくらアトリエ事務所といえども、□□の一つ覚えみたいに何々というよりは、変幻自在に変わる方が面白いし、ロケーションや条件からは当然そうあるべきだと思います。フォスター事務所は前述したように800人以上、数千人という規模からすると、前述したようにもはや組織事務所ですからそうなるのは当然といえば、当然ですが) 

 

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ロンドンの街中の広場:Fen Court

2012/01/14 11:41

 

昨日は東京を俯瞰とメタボリズム、その前は英国のシシングハースト城庭園という庭園が続いたので、アーバン・ガーデンはどこ?と思っている方も多いかと思います。

そこで今日は久々に正統派?アーバン・ガーデンと呼べる様な空間を紹介したいと思います。

 

場所はロンドンはシティと呼ばれる経済の中心業務地区。その中にフェン・コートFen Courtと呼ばれる小さなオープンスペースが、今日紹介するアーバン・ガーデンです。

(最寄り駅は Fenchurch Street駅かTower Hill駅)

 

大通りから入った路地、その路地が少し広がった部分に彫刻とわずかな緑で構成されただけのスペースです。

元はSt Gabriel Fenchurchの場所で、その今日は1666年のロンドンの大火で建物自体は焼失し、その後はずっと墓地だけが残っていました。1960年代には舗装されてわずかな緑と広場的な空間として整備されたのですが、2008年に現在の姿に改修されたものです。

 

この2008年の広場の整備は、その前年が大西洋における奴隷貿易廃止から200年にあたり事から進められました。この場所が選ばれたのは、この地が St.Mary Woolnorth Churchの教区にあたり、その教会でReverend John Newtonが奴隷解放の説教をした事にあります。(このNewtonさんは、あの有名な賛美歌「アメージング・グレース」を書いた人だと言う事です)

 

彫刻家Michael Visocchiと詩人Lemn Sissayのコラボレーションでのデザイン。その意図はというと、アートとしての17本のコラムと一つの演台ポディウムが中心にあります。 

小さなお立ち台のようなものは、その通りお立ち台というよりは、教会の説教壇、それと奴隷貿易の競売人のお立ち台をだぶらせています。

その前に立つコラムは、奴隷としてアメリカ大陸に送られた人々が関わったシュガーケーン、サトウキビをモチーフにするとともの、奴隷制度反対の説教を聞く人々も意図しています。

 

奴隷解放を題材にしているとなると、この舗装パターンも何か鎖であるとか、アフリカンアートに出てくる伸びやかなデザインにも見えてきます。

 

ベンチの様な石は文字は薄れて読みずらくなっていますが、実は墓石のようです。面白いのは、そこに植えられているのがヤマボウシの株立ち。ロンドンの他の再開発における公開空地でも良くヤマボウシの株立ちを見ましたが、ハナミズキではなく日本のヤマボウシの方が、こういった都心部で柔らかい緑の演出をするには向いているという事を示しているようです。

 

 

 

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新陳代謝する街、東京

2012/01/13 10:25

 

シシングハースト城の庭園のウォッチングが続いたので、ここらで小休止という事で、東京を少し見てみたいと思います。といっても、海抜250mのバーズアイビュー、鳥の目で。

 

 

実は昨日は打合せを2つ程終わらせて、今月15日までという六本木ヒルズ、森美術館で開かれている「メタボリズム未来都市展(戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン)」を見に行き、そのついでに屋上展望台に出て東京の街をウォッチングしてみることにしました。

 

雲が多く天気が今ひとつでしたが、寒風の中、視界は遠くまで効き、筑波山まで良く見える状況でした。東京タワーは、昔のプラモデルやおもちゃのタワーのようでもあり、それが故に周りのビルとは色合いも形状も違うことで、よりくっきりと浮かび上がるように見えて印象的でした。

 

でも、最近はやはりこのツーショットというか、東京の最新ツートップの方が注目です。それにしても、日本の高層ビルが始まったのが、霞ヶ関ビルの1968年。約40数年の間によくもこれだけ高層ビルが増えたものかと驚かされます。(中国の勢いは、これどころではないですが)

そんなスクラップ・アンド・ビルド、別の言い方をすれば新陳代謝する街、東京を見ながら、先にあげたメタボリズム展を覗いてみました。

メタボリズムって、言っても???の方も多いかと思います。メタボリズムより最近はメタボ、メタボという言葉が流行り、それ流に考えると「肥満した?都市の内蔵脂肪?」とあらぬイメージを持ってしまうかもしれません。

メタボといっている健康に関する言葉は、正確にはメタボリック・シンドローム(内蔵脂肪症候群)。

先の展示会は、英語の元の意味、「新陳代謝、物質交代」metabolizmで使われた言葉で、1960年代に建築家、評論家、デザイナーが中心となって、建築も街も新陳代謝して有機的に成長するという思想の元に計画案を提案したり、一部を実践に展開した建築運動の事を意味します。(正確?私の中ではそんな認識でいます)

展示会は写真撮影は禁止だったので、ここで写真アップできないのが残念ですが、当時の模型や図面、そしてそれらを最新のCGで映像化した展示会は必見です。(15日までなので、今頃言われても・・・でしょう。すみません)

最近の建築設計図というと、実施図も全てCADですので、反対に手描き、しかも1mmの幅の中に鉛筆で線を何本も描く図面を見ると、ドラフトマンの匠の技が作り上げた図面、それ自体が芸術作品にも見えてきます。

 

六本木ヒルズの展望台から新陳代謝する東京の街、メタボリズム展を見る前に、本当に偶然なのですが、打合せのあった日本橋から地下鉄で移動の際に、東京の地図展というのを見たのです。(東京メトロ三越前駅地下コンコースで地図展(29日まで))

この地図展には、関東大震災の震災範囲を示した地図や、3月10日の空襲後の被害エリアを示した図(上の図面)もあり、何回も焦土と化したのが東京である事を再認識してから、六本木ヒルズの展望台から東京の街を眺めたので、その後の展示会のメタボリズムの思想そのまではないにしても東京は確かに「新陳代謝」をしてきた事を強く印象づけられました。(建築の単体での「新陳代謝」は進まずに、多くがご臨終を迎えてしまったのは残念です。特に建築家菊竹請訓氏のパシフィック・ホテル。茅ヶ崎のシンボルだったのに)

 

この空襲後の被害エリアの地図で気になったのは、赤のエリアの中に一部白抜き、即ち空襲に遭わなかったエリアです。私が生まれ育った神田の一部や築地、丸の内など。子供の頃、親からよく、「ニコライ堂があったから、神田は戦災に遭わなかった」と聞かされていたのですが、この地図を見ると確かに・・・。他の築地は、アメリカが戦争に勝って進駐した際に聖路加病院を使うために爆撃しなかったとか、丸の内もGHQに使う事を意図して残したとか聞きます。そこまで意図的に爆撃できたのに、下町全域を火の海とした大空襲は決して忘れてはいけない事だと思います。

先月亡くなれれた建築家林昌二氏によると、(以下「林昌二毒本」より引用。毒は誤字にあらず)

「しかし、45年3月以後の空襲は、それまでの白昼高空からの爆撃ではなく、夜間低空からの焼夷弾攻撃で、3月、4月、5月の3回にわたる空襲で東京は完全に壊滅しました。この戦術はA・レーモンドの滞日経験の知恵に基づくC・ルメイの指揮によるもので、周囲を火の海にして東京全体を焼き払うという残酷極まるものでした。3月10日の空襲では一夜に10万人が犠牲になったのですから、WTCの3,000人とは桁が違います。レーモンドは建築家としては優れた資質をもつ人で、戦後すぐに皇居の脇に建ったリーダースダイジェスト社屋など、その作品は尊敬に値するのですが、そういう人が、いくらチェコ生まれてアメリカに移住して苦労したとはいえ、滞在してその建築を学んだ日本人に対して、あんな作戦を立案したとは理解に苦しみます。今、米軍がイラクで空襲をかけているニュースを聞かされると、あれだな、また皆殺しをやる気だな、と思います。後日、日本政府・天皇はこのルメイに、あろうことか勲一等旭日大綬章という最高位の名誉を贈りました。本来なら絞首刑にかけるべき相手です。」と書いています。

(ちなみに、林昌二氏は先のリーダイスダイジェスト社屋の場所に毎日新聞パレスサイドビルを設計しています。リーダースダイジェスト社屋のランドスケープはイサム・ノグチ

私の母親は京橋育ちで、たまたまその日は別のところにいたので、大空襲に遭わずにすんだのですが、私にも良くこんな事を言ってました。「あの空襲はひどかったんだよ。最初に来た爆撃機がガソリンを撒いて、次に焼夷弾を落としていったんだよ。」

実際には石油をジェル状にした焼夷弾、今で言うナパーム弾を使って焦土化を図ったという事です。

 

そんな焦土と化した東京からの戦災復興、その前には震災復興から現在の東京がある様を見ていると、東北も必ず復興することを確信します。この地図展、メタボリズム展、そして現在の東京の姿を見ていると、東北の復興は必然とも思えます。

地図展にあった1862年の江戸。(立川博章氏が描いた想像図。立川さんには日建時代にパースの打合せに来られ、何回かお会いする機会がありました。その描写力、そしてその作業をこなしていく忍耐力には敬服いたします。) 

 

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ここにもエディブル:シシングハースト城

2012/01/10 08:59

 

英国はロンドン郊外、ケント州にあるシシングハースト城の紹介も最終回です。こんなところにも「食べる事のできる」ランドスケープがありました。お城を少し出たところにある畑を紹介します。

 

 

この畑、英国の歴史的建築物の保護を目的に組織されたボランティア団体National Trustが、食物に対する政策の一環として作られたものです。

健康のため、環境の為に作られた作物は、敷地内の小屋を改造したレストランで提供されます。

 

畑に黒板で書かれている主旨を簡単に訳すと・・・

「フルタイム2人、パートタイム2人、30人のボランティアのチームで運営しています。

目的はオーガニックな季節の素材を敷地内のレストランに提供することです。

5月になるとレタス、ほうれん草、ブロッコリー、セイヨウネギ、人参、スイスチャード、カブ等1週間で70キロの野菜が収穫できます。他にハーブ類もハーブ園から穫れます。

野菜の畑は2008年に開設。2.5エーカー(約1ha)あります。2011年1月1日に土壌学会?から有機農場として認められました。

駐車場の方に5ケーカー(約2ha)の果樹園も開設し、この3年で1500本の果樹を植栽しました。こちらも一般公開されていますのでご覧下さい。

この野菜畑の見て楽しんでみて下さい。5月にはこの粘度質の畑でも野菜が成長をはじめます。緑が繁茂するには少し早いかもしれません。

私たちが多くの花の咲く植物を植えるのは、単に見た目のためだけではなく、昆虫や鳥のことを考えての事です。」

Amy Covey Vegetable Gardener

単なるガーデナーではなく、Vegetable Gardenerという名前が良いですね。

 

畑といってもハーブのセージSageなどは花として充分楽しめます。

 

タイムThymeも可憐な花が広がります。このタイムThymeという英単語は、スペルは?と問われると間違いやすいですね。この間に入る「h」、昔、ある高校の受験の時、英語でロンドンの中心を流れる川の名前は?という問題で、Thamesが書けなかったのを思い出します。

 

パセリParsleyも思いっきり伸びきっています。パセリ、セージと続くと私の年代の人には

Are you going to Scarborough Fair ? ~♪というサイモン&ガーファンクルの歌を思い出してしまいます。(ローズマリーがないか)

 

穫れた野菜やハーブはこの中のレストランで食する事ができます。この頃の英国は結構「おいしい」です。

 

 

日本でもVegetable Gardenerやこんなレストランが増えると良いですね。 

 

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庭園の中の果樹園、田園風景・・・:シシングハースト城

2012/01/09 08:47

 

シシングハースト城の紹介に戻ります。複数の庭園があり、それを回遊して散策するのがここの特徴であることは、以前に紹介したと思います。その複数の庭園の中で、位置からするとその中央にありもっとも大きいのが、Orchard果樹園と名付けられた庭です。

 

これが庭園?と思われるかもしれません。舗装された園路もなく、芝生を刈り込んだ部分が園路、果樹もランダムに植栽された様な空間。この無造作な緑の空間があるが故に、他の整えられた庭の部分が引き立つとも言えます。色彩豊かな庭園を見て回った後の高揚感を、さりげなく置かれたベンチに座って癒す。そんな無造作、さりげない庭のアーバン・ガーデンなんてのは、デザインするには難しそうですね。

果樹はMalus domestica英国在来のリンゴで、すっぱみがやや強い果樹だという事ですから、英国のアップルパイには良いかも。林望氏の「英国はおいしい」に書かれていたかと思いますが、こういった英国のリンゴで作ったアップルパイの暖かいものにクリームをかけて食べたくなります。

 

庭園の外周は、何とかお城である事を証明しようとしているかの様なMoatお堀があります。そのお堀の向こうには、緩やかな起伏が続く田園風景が広がっています。

 

という事で、シシングハースト城の庭園を回って、最初のタワー前の芝生に戻ってきました。この芝生、イチイの生垣に囲まれた芝生の空間。英国、アメリカの大学キャンパスの中庭であるQuadrangleにも似たスクエアな形の芝生の空間ですが、そこに1本植えられたシンボル樹。さて何の木でしょうか?

 

日本でシンボル樹というと、大径木(大きな形状の樹木)のケヤキやクスノキ。あるいはサクラなどの花木が多いと思いますが、ここの木はCatalpa bignoidesアメリカキササゲ。日本にもキササゲはありますが、これをシンボル樹に使うというのは、なかなかの冒険。キササゲは元々英国にはなく、日本にあるのは中国が原産、後はこのアメリカ原産のものなので、珍しい樹種ということでシンボル樹として植えられたのかもしれません。

 

キササゲというと、果実が緑のひげの様にのびるので敬遠しがちですが、こうやって木の形の良い物を選べば、シンボル樹としてもなかなかのものと見直してしまいます。

このアメリカキササゲ、日本にもたらされたのは明治期。同志社大学の創始者である新島襄がアメリカから種子を持ち帰り、徳富蘇峰の家に植えたものが最初とされています。現在は大森蘇峰公園になっているという事です。 

 

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あまりに光りの具合が美しかったので・・・茅ヶ崎海岸

2012/01/08 09:10

 

作業場にしているマンションのベランダからの眺め、太陽とそれを遮る雲、その雲の合間からこぼれ落ちる光が作る景色。あまりに美しかったので、アップします。

風景は英語でランドスケープと訳されますが、この風景は、風景というよりは、まさに光景。光が作り出す景色の美しさだと思います。ランドスケープというと、緑や植栽、庭と連想してしまいがちですが、緑が全く無い、こういった光の作り出す風景も自然が作り出す素晴しいランドスケープの代表作だと思います。

 

わずかな時間の変化で光が変わり、それによって光景もどんどんと変化していきます。

(写真右下にあるジョーズの背びれのように見えるのが「えぼし岩」です。何回も紹介してますね。)

 

 

 

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寒いですね、春よ来い!という事で「春の庭」:シシングハースト城

2012/01/07 08:44

 

シシングハースト城については、以前に書いたように、色々な庭の組み合わせ、それを散策、回遊する庭園です。既に幾つかのお庭を紹介してきましたが、今日はSpring GardenとNutteryの2つのお庭を紹介します。

 

といっても春の花が全て終わってしまってのSpring Gardenは寂しい限りです。セイヨウボダイジュを刈り込んだ並木が伸び、その足元にはチューリップはムスカリなどの春の花が咲き乱れる・・・はずです。ここの庭園を見るのは、やはり4月という事の様です。(写真は5月中旬)

 

花はなくても豊かな緑を拝見。ということで、Spring gardenに続くNutteryへ。さて、日本ではあまり聞き慣れない、Nuttery(ナッテリー)とは何ぞや?勘のいい人はNutの何かとわかるでしょう。そうです、ナッツを集めたところ、ナッツ類を主として植えた場所という事です。(ナッツを集まったところというと、英語のスラングだと大変な意味になってしまいます。ナッツというと、第二次大戦中、ヨーロパ戦線バルジの戦いで、バストーニュ攻勢に出たドイツ軍がアメリカ軍に降伏を促した電信に、その回答として送った電信が“Nuts”が有名で、映画の場面を思い出します。)

ここではヘーゼルナッツを芝生の中に植栽しています。

 

こちらは同じヘーゼルナッツのNutteryでも、芝生ではなくグランドカバーの中のナッツの庭。(どうもこのナッツの表現が気になります)

芝生をシダ類やギボウシのグランドカバーに変えるだけで、庭の景観もこんなに変わります。いかに低木、地被類をデザインするかの重要性がわかると思います。

 

どんなものが植栽されているかを見ていて、「さて、これはオオバギボウシ?」と思っていると、アブナイ、アブナイ!

バイケイソウでした。オオバギボウシやギョウジャニンニクに似ている所から、間違えて食べて中毒という人が多い植物。新芽、葉、茎、根、すべて強い毒性のアルカロイドを含みます。加熱してもダメです。煮ても焼いても、食えないというヤツです。何も取って食べなくても、充分見て楽しめます。ご覧の様に・・・

 

 

 

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